愛のあるセックスは一人ではできない

また落ちました。いや、今回はいいのさ。落ちた原因が、はっきりわかってたんだから。でも悔しい。
やりたかったなー寝台特急。まあいいさ。東京タワーを当分がんばろう。
昔の日記を少し読み返してみると、なんだかほわほわしててかわいい。力入ってない。やっぱり文章系の仕事にも就きたいなーって思う。デートしてるカップルの会話を聞くのは結構好きなのだが、ウインドウショッピングしてるときの2人の会話って、すごく聞いてて疲れるなーって思う。無理してるなーって、そういう点で女の子みたいな男の子って、こっしーとかは付き合う分、楽なんだろーなって思う。男の子と女の子の買い物の仕方って違うからね。ただでさえ、一人で買い物した方が楽しいのに、女同士でも買い物すると、何だか疲れるのに、男と女が一緒に買い物すると、ほんと疲れると思う。だからさ、「私ちょっとこっち見てるね」と私はたいてい別行動に移しちゃうのだが、恋人の場合それはどーなのだろうか、「わかった、じゃあ俺こっち見てるから」ってな具合には、たぶんいかないんだろう。というかそんな恋人見たことない、気がする。たいてい、彼女が「これ、かわいいー」と言って、彼氏は「そーだねー」って、たいてい言うのだが、それって本心なのだろうか。はたして、ものすごく適当のような気がする。まあ女の子同士の買い物でもそういうことは、しょっちゅうあるのだが、そのときは75%くらい適当だと私はそう思う。とりあえず相手の機嫌を損ねないようにコミュニケーションの役割として言ってる、だけである。そんなことを考えてるとデートって億劫だなーって気がしてくる。友達に「彼氏ほしー」と言って「めんどくさい」って言う、あんたの気持ちもわからなくはない。それでも、彼氏はほしーのだ。ときめきが欲しい。もっときれいになりたい。女になりたい。快楽を得たい。結婚したい。大切にされたい。誰かの一番になりたい。彼氏が欲しい理由ってこんなとこだろうか。ときめきは欲しい。恋をするどきどき感。あれはいったいなんなのだろう。体中がジンジンして熱くて、痛いようで、でも気持ちいい。オナニーの快楽にも少し似てる気がする。あれは恋を経験して初めてわかるもので、最初に味わった感動は忘れられない。だからオナニーしちゃうんだけど。切なくて泣きたくて嬉しくて痛くて、快楽の宝庫それが恋であって、それは、たいてい異性を想うことで、その快楽は得られて、セックスというもので、更なる快楽を得られることを知る。あ、私の今の最大の目的はセックスかもしれん。セックスしたいから彼氏ほしーのかもしれん。そんなのさらにできっこないじゃん。どうしよ。ならセフレでいいではないか、いや、違うんだ。愛されながらセックスされたいんだと思うのだ。ただセックスされたいわけじゃない。愛があってさらに快感が増すのだ。だから愛のあるセックスがしたい。だから誰か私と愛のあるセックスで最高の快楽を経験しませんか、それは決して一人ではできないのですから。ってこの文章相当キモイぞ、きっと。どうしよ。